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平成8年11月のある日、蔵入りの日杜氏が社長に打ち明けました。「実は心臓にわるいところがあり、手術がどうしても必要なので今年は早めに帰りたい、そして万が一の時に後悔しないように山廃を一本造らせてくれないか」と。
こう言われれば誰も断われません。このように海舟の山廃が始まりました。
私は造りの最中に気になり、何度も蔵元を訪れたものです。杜氏さんは「これが山廃の酒母3日目の味だ」「これが山廃の酒母1週間目の味だ」と熱心に教えてくれました。
翌年の2月のある日蔵に行きますと、タンクにメモが貼ってありました。「9月までこのままにしておくこと。決して空けてはいけない。火入れは-----。」帰る日も告げず帰ってしまった後でした。
私はこう思います。昔は全部山廃造りでした。彼も山廃を造った事はあるはずです。しかし杜氏という全責任者になってからは造った事はない。だから今まで酒造りを教えてくれた人達と自分に対しての挑戦であり恩返しである、と。
このお酒は見事に燗上がりします。是非燗をつけて味わって下さい。飲み手への温かな思いやり、秘めた情熱が、あなたへも伝わるかと思います。
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