講師自己紹介氈u栄光の14日間」

 私し、河原崎吉博の人間を知ってもらおうと今回は自己紹介します。私に期待を持って講座に参加された方もいらっしゃるでしょう。がっかりさせてしまったかもしれません。断片的な部分ですから、多数重なって一人の人間を想像できます。私の一部ではございますが、目をお通しいただければ幸いです。

 「栄光の14日間」

 私は父がはじめた酒販店の長男に生まれたために家業をついでいます。自分の希望としては、大学に入り乳酸菌の研究をしたいと思っていましたが、親が障害者ということと、祖父が亡くなったために、私は高校を出た後は、夜学に通って酒屋を手伝ってきました。

 2006年の4月で43才にもなりますが、いつも私の前にはレールがひかれていて、自分の意志で決めた進路へはすすんで行けなかった感じであります。何も取り柄や価値のない自分なので、おかれている環境にはありがたいと自分に言い聞かせてはいます。”現実は必然でベスト”すべてに感謝なのでしょうね。

 こんな何もできていない私でも自由な時間を満喫したことがあります。自分では栄光の14日間とタイトルのつく時間でした。14日間アメリカに単身で渡り、地ビールのミニ工場を転々としていました。

 32才、いっしょに行きたいとせがむ彼女を残し、成田発シアトル経由ブラジル行きのアメリカン航空に乗り込みました。シアトルの宇宙ステーションのようなシータックエアポートから公道にひとり出された私は何をしていいのかわからずに、セントラル行きのバスに乗車。コンベンションビューロー前で降りて路上で売られているエスプレッソを飲み、私は外国人だとはじめて理解して目がさめました。

 アメリカに出発する前に私はNHKの朝のニュース「おはよう日本」に登場して規制緩和のテーマに添い、地ビールのことを話しました。翌日には全世界に送られる「todays Japan」にも登場するくらいに地ビールに燃えていました。ブルーパブを日本で開業しようと目論んでいたわけです。静岡では御殿場高原ビールと私がいち早く情報を探っていたのです。

 地ビール小僧の私はとにかく一日2軒のマイクロブルワリー(小型ビール工場)かブルーパブ(ビール醸造装置つき飲食店)を回る。こう決めていました。ハーツで車をレンタルして、イエローページで店や工場の住所を調べて、その地に向かう。バリバリの飲酒運転でしたね。酔って動けずに橋の下で寝たり、ちょっとした空き地で寝ていたら、朝牛におこされたり、もうしたいことしたい放題。

 私は日本の自分の店や家族のことも思いだしましたが、連絡する気にもならずに、ひたすら自由奔放の外国人をしていました。アメリカのテレビや新聞には日本のことなど、滅多に出ていません。日本の情報は入ってこない環境が本当のアメリカでした。

 地ビールも目標通りに毎日2軒行きましたし、私の事情をそのオーナーに告げてアドバイスもしてもらったりして、そのインタビューもビデオに取ってきました。ビールの仕込みもやらせてもらえましたし、同世代のドイツ人の女性が杜氏をしているお店も紹介してもらって、その女の子と仲良くなり、ビールのタンクごとの特徴やビールの分析の方法等を教わりました。

 14日間でワシントン州とオレゴン州はほとんど走破しました。結局のところ、こうして酒屋をしてSBS学苑で皆様とお会いしていますから、地ビールについては夢物語にはなっています。地ビールは日本酒の蔵人を5年した後に行ってきました。

 しかし、ですねえ、経験は生かされます。私は何もかもをすべて自分一人でしました。日本からは深夜に、どうしても行きたい店へは電話をして予約しましたし、FAXにて地図を書いてもらって行き方を聞いたところもありました。

 ビデオカメラで撮っていたものですから、突然4人くらいに囲まれて、身体検査をされそうにもなり、恐怖を味わいました。ピストルは突き付けられなくてほっとしましたよ。

 バスの中での人種差別による喧嘩。運転手はハイウェー走行中でしたが、騒ぐ男性をバスから追い出しました。黒人のおばさんのパワーもすごかったです。

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 もうこの辺でアメリカの話しはいいでしょうか。長くてすいません。あとは私の英語について?と思われることでしょう。私は日本では英語は話せない方です。しかし、アメリカに行ったら自然に話せました。不思議なものです。やればできるものですね。何一つ困ることはありませんでした。

 私にとって、何もかも自分の責任であって、何をするかどうか自由に決められるのは、今までの人生ではたったの14日間しかありませんでした。私以外の方にとっては、こんなことはつまらないつぶやきでしょうが、私自身にとっては栄光の14日間であります。

 そして私はまだ栄光の日々を追い求めています。過去の自分よりも素敵な栄光の日々です。私の人生を振り返ったときに、SBS学苑の講師時代が何よりもの栄光の日々だと、自分で納得できるように、悔いのないように努めていきます。

 人生と書くからには、人として生きていくには人を生かさなくてはならないでしょう。

 日本酒講座講師として、人を生かすということはどういうことか。

 それは、私ばかりではなく、あなたの栄光の日々も創り上げていくことではないでしょうか。

 私は人間としても講師としても、まだまだ未熟で若輩者ですが、こういった気持はありますので、これからもよろしくお願いします。

 これにて、ちょこっとだけでも自己紹介になっていましたら幸いです。


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