1999年平成11年10月28日(木) 朝日新聞夕刊

イスラエル占領下ゴラン高原

世界的ワイン産地に

シリア返還で「幻の酒」?入植者困惑

 1967年の第三次中東戦争以来、イスラエルの占領下にあるゴラン高原が、高級ワインの産地として急成長している。83年に生産を始めて以来、本場フランスのボルドーや英国のコンテストで毎年のように金賞を獲得。今では日本を含む二十カ国以上に輸出されている。しかし、イスラエルに中東和平に前向きなバラク政権が誕生して、シリアとの和平交渉の進展が期待される中で、ワイン生産者は複雑な思いでいる。バラク政権がゴラン高原のシリア返還に応じれば、ワインづくりは打ち切られる可能性が高く、世界レベルに育てたワインが「幻の酒」になりかねないからだ。(ゴラン高原イスラエル占領地=石合 力)

●完全機械化
 エルサレムから車で約四時間。ふもとのガリラヤ湖からゴラン高原に上がっていくと、岩肌で荒涼とした風景が一転して緑色に染まる。ブドウ畑は、イスラエル軍の演習場などがある中腹部に広がっていた。砲火演習の「ドーン、ドーン」という音が響く中、収穫期を向かえた赤ワイン用のカベルネソーヴィニヨンが紫色の房を実らせていた。

 ゴラン高原でブドウ栽培が始まったのは、占領開始から9年後の76年。共同農場の管理担当スティーブ・ベンジオンさん(46)によると、視察に来た国際関係者が土壌と気候を見て勧めたのがきっかけという。

 「ブドウにとって大敵の雨がほとんど降らないので、出来が安定している。毎年が当たり年だよ」

 油断できないのは40度にも上る夏の暑さだ。畑には、コンピューター管理の自動散水装置が備え付けられている。発泡ワイン用に手摘みする以外は収穫も完全に機械化し、現在約490ヘクタール。年に4,000トンを生産する。


●唯一の工場
 83年に設立された「ゴラン高原ワイナリー」社は、高原唯一のワイン工場だ。米カリフォルニアから技術者を招き、オーク製のたるで熟成。「ビンテージ」と呼ばれる最高級ワインなどを生産し、数年で世界的に評価を得た。

 「ユダヤ教の儀式に使う甘いワインばかりだったイスラエルワインのイメージが内外で一変した」と広報担当の女性、バレリー・ヘクトさん(45)。

 国内のレストランも積極的に使うようになり、数十シュケル(1シュケルは約26円)で売り出した「83年もの」の取引値は現在、約1,800シュケル(約47,000円)にも。「ワイン革命」と呼ばれた。


●ゆかりの地
 ワイナリーの敷地には、占領後に古代遺跡から発掘された、ブドウが彫刻された石材なども展示されている。旧約聖書時代からワインにゆかりがある土地にワインを復活させたことで生産者の感慨は深い。しかし、高原は対シリア和平実現の大きなカギを握る。イスラエルがゴラン高原から撤退すれば、ユダヤ人生産者も引き揚げざるを得ない。

 テルアビブでの教員生活をやめ、16年前にゴランに移ってきたベンジオンさんは困惑しながらも、5月のイスラエル首相選では和平推進派のバラク氏に投じたと打ち明けた。労働党の方が、よりよい和平合意を引き出せると考えたからだ。撤退にあくまでも反対する強硬派住民もいるが、首相選の得票はゴランでもバラク氏が保守のネタニヤフ氏を上回った。

 今年収穫したブドウがビンテージの赤ワインになるのは2002年。ワインとともに和平が熟成し、ゴラン高原のシリア返還が実現すれば「二度と味わえないワイン」として店頭に並ぶかもしれない。


2000年 住友VISA 1.2月号

世紀末に蘇った聖なるワイン

 イエスが行った最初の奇蹟は水瓶の水をワインに変えることだった。その奇蹟により弟子たちのイエス信奉はより強固なものとなった。また、最後の晩餐でも赦罪のワインが登場する。

 聖書には数多くのワインに関する記述があるが、それはつまりこの地に古の昔よりワインの製法が確立されていたことの証である。その後祖国を失い、1800年代後半に再び祖国の地を踏むまで、実に1300年もの間、その製法は封印されてきた。

 1882年、フランス系ユダヤ人の大富豪エドモンド・ロスチャイルドが、荒廃したイスラエルの土地にワイナリー「カルメル」を設立する。それを機に、北部ゴラン高原を中心にワイン産業の礎が築かれはじめていく。だが全体的なレベルとなると、ワイン大国フランスやドイツ、イタリアには遠くおよばなかった。かつては、手土産にも利用できないと自国民からも酷評されていたという。

 それから約1世紀、個人レベルで一貫生産を行うブティックワイナリーが次々と産声を上げる。彼らの妥協を許さない丁寧なワイン造りが、イスラエルワイン全体のレベルを向上させていった。いまではブティックワイナリーこそがイスラエルワインの評価を担うとまで言われている。もちろん、ヴィンテージはまだまだ若い。だが、欧米での評価はすこぶる高いのである。

 世紀末の今、古代ワイン大国が完全復活を遂げようとしている。

 イスラエルワインの有名ワイナリーはゴラン高原を中心とする北部に広がっているが、エルサレム近郊にも注目を集める新進気鋭のブティックワイナリーが点在する。その代表ともいえるのが「カステル」である。

 設立は1980年、92年から生産を開始し、95年に初出荷。当初はカベルネソーヴィニヨン70%+メルロー30%のブレンドワイン「カステル」の1ブランドだけだったが、いまでは3種類にまでブランドの幅を広げた。いずれもブレンド特有の繊細な味が特徴のボルドー系である。「普通は海外から技術者を招聘したり、海外で一定期間修業するのですが、私の場合はまったくの独学です。もちろん数多くのワイナリーには足を運びました。でも知識のほとんどは書物からです。成功の秘訣?考えてみて下さい、私達は3000年も前からここでワインを造っていたんですよ(笑)」(オーナーのユリ−・ベンザケンさん)

 市場に本格参入する前、カステルを試飲する機会を得たサザビーズのワイン部門担当者は、「まったくの離れ業」と無名だったカステルを手放しで絶賛した。

 10kg採れるはずのブドウを間引きし、厳選するため1kgしか使用しない。また、樽詰めしたワインは4ヶ月にも渡って、毎日手作業で丁寧にオリを取り除いていく。熟成も2年間じっくりと時間をかける。サザビーズを驚愕させた秘密がそこにある。

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